日々の 暮らしの 小さなしずく
Copyright texts and images, Mori Yoshida, 2009-2015
dance

 

 

今年も大阪・星ヶ丘のソーイングギャラリーで、
絵と言葉の展覧会をします。

 

ソーイングギャラリーでの展示は、
今年で4回目。

 

はじめはよくわからなかったけれど、
この場所で回を重ねることの尊さが、

少しずつわかってきました。
本当に幸せなことですね。

 

タイトルは、『dance』にしました。
生きてることって、
ダンスみたいだなあと思って。

 

今年は、おいしいごはんをつくるひと、
紫都香(しずか)さんと、
詩とスープの会もすることにしました。

テーブルを囲みながら詩を読んだり、
スープをいただきます。

 

11月末の星ヶ丘は
しずかであたたかくて、
光がきれいで、本当にすてきです。
どうぞ温かい会になりますように。

星ヶ丘でのんびりお話しできること、
楽しみにしていますね。

 

 

 

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生きてるって、

今しかなくて、うつくしくて強くてはかない

ダンスみたい。

 

 

『dance』 吉田 百里 mori yoshida

 2017.11.15(水)–11.26(日)

 12:00-18:00(最終日11/26は17:00まで)
  ※月・火曜休廊

 

 

* 小さな詩とスープの会
   11/25(土)14:00〜

   深まる秋の星ヶ丘で、今回展示している詩を

   みなさんと朗読します。

 

   参加費:1,000円(shizuka gohanさんの冬の根菜スープと手づくりパン付き)

 ご予約:info@sewing-g.com(ソーイングギャラリーまで)

 「小さな詩とスープの会」参加として、お名前、人数をお知らせください。

(アレルギーのある方は事前にお聞かせください。)

 

 紫都香 shizuka gohan

 料理するひと。ゴハンにパン、おつまみ、お菓子、

 珈琲にお酒、あれこれ美味しいもん、こさえます。

 出張料理、イベント、ケータリングなど

 美味しいこと、楽しいこと、承り〼。

 

 

 

 

 

 

 

日々 - -
soup

 

気がついたら、

いつのまにか夏が終わって、秋になっていました。

 

今年の夏はとても暑かったから、

なんだかまだ夏が終わるのが信じられません。

でも、せみの声がだんだんしなくなって、

夜に、鈴の音みたいな虫の声がいっぱい聞こえてくると、

やっぱり秋がきたんだなあと思います。

 

台風が過ぎた日の朝、ふっと、

あ、夏が終わったんだと感じます。

そのいさぎよさに、なんてすごいんだろうといつも思います。

 

きっと自分の中にも、

そういう力があるんだろうなと思う。

夏が秋になっていくみたいな、すばらしい力が。

 

こわがらないで、そのときの自分を信頼して。

これからどんな自分に出会えるか、とても楽しみです。

 

 

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『soup』 

2016.11.16(水)〜11.27(日)

12:00 − 18:00(最終日11/27は17:00まで)※月・火曜休廊

 

スープには小さな思い出があって、

それは寒い冬の夜に食べるスープみたいに、

思い出すたびに私の心を温めてくれます。

鍋でことことスープをつくるように、

絵と言葉を綴ってみました。

 

* 11/20(日)14:00〜

 小さなパーティーを開きます。

 今回は音楽も少し。ぜひご参加ください。

 

 

 

 

 

 

日々 - -
lei


ソーイングギャラリーでの展覧会『lei』も
ぶじ終えることができました。
 
お越しいただいたみなさま、
支えてくださったみなさま、
本当にありがとうございました。
 
今年で二回目ということもあり、
少しずつお越しいただいたみなさんと
お話できるようになりました。
 
今回はじめて、
オープニングも兼ねて、ちいさなパーティーを開きました。
中山園長先生が、星ヶ丘の畑でつくったさつまいもを
ゆでてくださったり、
大好きな方たちが集まってくださり、
小さな花を持ち寄るような、
あたたかい会になりました。
 
ちょうどパーティーの前日に、
パリで悲しいことが起き、
いろいろなことを考えました。
 
私はいつもそんなとき、
ひとりの少女、アンネ・フランクのことを思い出します。
といっても、むつかしいことではなく、
アンネはしあわせだったのかなあとか、
いま、アンネが生きていたらどう思うだろう、とか
もし自分があの時代に暮らしていたらとか、
アンネが暮らしていた屋根裏の部屋のこととか、
そんな素朴なことをぼんやりと思います。
 
そう思うと、いま、しあわせであることに
せいいっぱい感謝して生きようと
自然に思えてきます。
 
 
今回の展覧会では、
生きているときにしかできないことってなんだろう
となんとなく思いながら、
作品をつくってきたように思います。
 
そして思ったのは、
それは、手をつなぐことだということ。
そして、だれかと会うことも。
生きているうちにしかできない、
すばらしいこと。
 
 
展覧会の搬入をしているときに、
レイのように
会場をくるりと輪のように飾りたいと
ギャラリーの方にお話したら、
観に来た方もその輪に入れるといいですねと
すばらしい提案をしてくださいました。
 
そうか、花は
みんなが持ってくればよかったんだと
気づくことができました。
 
いろいろな方の花を受けとめて、
ほんのすこし大きくなったレイ。
そんなレイを飾れて、
本当にしあわせな二週間でした。
 

 
 
日々 - -
花をつなげて


11月11日(水)から22日(日)まで、
大阪・星ヶ丘のソーイングギャラリーで
展覧会をします。

タイトルは『lei』。
花や草で編んだ、ハワイの首かざりです。

小さいころ、しろつめくさで
首かざりをつくりました。

はじめのころは、つくり方がよくわからなくて、
ひょろひょろとしたものだったけど、
ほかの人のつくったものを見て、
なんとかうまく輪になるようにつくれるようになりました。

うまくつくるためには、
花の茎をくるりと巻いて、
ひとつひとつつなげていくこと。

もしかしたら毎日も、
そんなふうなのかな。
一日いちにちがつながって、
まるい輪になっていく。

ひとつづつ、ひとつづつ、

花をつなげていくように、
絵やことばを描いていきたいと思います。



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吉田 百里『lei』
2015年11月11日(水)〜11月22日(日)
(11/16(月)、17(火)は定休日)
12:00〜18:00(最終日11/22は17:00まで)
Sewing Gallery
〒573-0013 大阪府枚方市星丘2-11-18 星ヶ丘学園内
Tel:072-840-2476  Fax:072-840-2492 
E-Mail : info@sewing-g.com

http://sewing-g.com/


 
日々 - -
おめでとう




ソーイングギャラリーでの展覧会を
ぶじ終えることができました。

お越しいただいたみなさん、
支えてくださったみなさん、
ほんとうにありがとうございました。

今回の展覧会は、
2002年の「白い部屋」以来の
ひとりでの展覧会でした。
12年ぶりの展覧会。

今回の展覧会のタイトル“fete(フェト)”は、
祝祭とか、祝日とか、そういう意味があります。

うまくいえないのだけれど、
これはとてもわかりにくく、
だれも気がつかないようなことなのだけれど、
今回の展覧会は
私にとって3年前の震災のメモワールでもあり、
フォークロアみたいなものだと
思っています。
記録でも記憶でもなくて、
こころの跡のようなもの。

あの日以来、
いろんな方が来ていろんなことを
語り、そして去っていって、
私たちの心には、ふしぎな澱が残りました。
それはことばではあまりうまく
言えないことで、
そのもわっとしたものを
いままでずっと抱えて生きてきたように思います。



今回の展覧会では、
なんとなく夕方キャンドルを灯そうと
ふと、会場にいて思いました。
暗くなったギャラリーにぽつ、ぽつと
ちいさな灯りが揺れているのは
ほんとうにきれいでした。

最後の日曜日に、
たくさんのキャンドルを買ってきて
夕方マッチで火をつけようと思っていたら、
ちいさな男の子がやってきて、
ふうっと吹き消してしまいました。
私がひとつつけるたびに、
ふうっと吹き消して、おめでとう!と言って
ぱちぱちと拍手をして
にこにこしています。
とてもかわいいのだけれど、
とても困りました。
私がつけては、彼が消し、を
しばらく繰り返しました。

持ってきていたマッチの数は
限られているし、
ちょっと泣きそうになりがら
消さないでくださいと頼んでみましたが、
やはりだめで、
男の子のお母さんに
お願いすることにしました。

お母さんから、
これは消しちゃだめなんだよと
お話ししてもらい、
今度は、キャンドルの灯りを
ともすことができました。

男の子のお母さんが、
火を消しておめでとう!って言ったあと
ハッピーバースデーの歌を歌ってたの、
わかりにくかったかもしれないけれど、
と教えてくれました。



今回の展覧会は、
私にもたくさん思い入れがあって、
でもいつの間にか
少しセンチメンタルになっていました。

たくさんのキャンドルの火を灯したのも、
どこか、追悼のような気持ちが
あった気がします。
それは亡くなった方だけではなく、
私自身の時間への追想のような意味で。

でも、男の子の
お母さんのことばを聞いていたら、
もしかしたら
男の子のしたことのほうが
今回の展覧会にぴったりなのかもしれないと
気がつきました。

feteというのは、
毎日をお祭りみたいに過ごすということではなく、
ただふつうの日々が、
ほんとうは祝祭なのだという意味でつけました。
いま生きていることそのものが、
ほんとうは短い祭りのようなものなのだと
思います。


だとしたら、
キャンドルの火をみつめて
悲しい気持ちになるよりは、
火を消して、おめでとう!と
何かの誕生を祝っていくほうがいい。


それは生きているものにも、
亡くなったひとたちにも、
すばらしいfeteになると
思いました。




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「星空を探して」

 
3年前に地震があったとき、
そのころ私は東北に住んでいました。
地震があった日の夜、
避難先の友人の実家のマンションから、星空を見ました。
友人の家族はとてものんびりとした気のいい人たちで、
こんな緊迫した雰囲気のなかで、まあ星でも見てみるといいよと、
8階のベランダの窓を開けて、私を誘ってくれました。

ひかりのないまちの上に、星ぼしがちかちかと輝いていました。
星を眺めながら、希望と絶望が入り交じって、
明日がどうなるかわからなくて、
今だけがぽっかりあるような気持ちになったのを
おぼえています。

でも、いま思えば、
あれが世界のほんとうの姿だったのかなと
思うこともあります。
そして、生きているって、
ただそれだけで何かに守られているのだと
思うようになりました。
 
あの星空を見たときに感じたことを、
これからもずっと、表現していきたいと思っています。
今回、たくさんの方に支えられ、
この展覧会をすることができました。
心から感謝しています。


 
吉田 百里



*展覧会会場のことばより
日々 - -
feteのために


ひさしぶりに
ひとりで展覧会をすることになりました。

ずっと、足もとだけをみつめて
描いてきたように思っていたけれど、
ほんとうはたくさんの星ぼしが
私を導いてきてくれたのだと
思うようになりました。

これからも
そんな気持ちで
絵を描いていけたらと思っています。



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 ここ数年のことを思うとき、

ずっと星を見ていたように感じる。

なんの星なのか、いつの星なのかは

わからない。自分のこころのなかのような、

大きなくじらのおなかのなかのようだった気もする。

そんな夜空にちらばる星ぼしを、

自分のなかの小さな希望のように見つめていた。


 
それでも、どんな夜も、思い出してみると

あたたかだった。どんなに暗い夜も、思い返してみると、

なにか幾重にも花びらのように包まれているように見えた。

どんなときも、私をそっと包んでいるものがある。

ほんとうはだれもが、そうやって

日々のフェト(祝祭)を生きている。






『 f e t e 』 吉田 百里 展覧会
2014.11.12 wed – 11.23sun
12:00 – 18:00(lastday17:00)
close mon,tue
*各土日13:00− 在廊 

sewing gallery
573 – 0013
大阪府枚方市星丘2−11−18
星ヶ丘学園内
072−840−2476

http://sewing-g.com/
京阪電車枚方市駅で京阪交野線に乗り換え
「星ヶ丘駅」下車 徒歩3分





 
日々 - -
ほんの少し、そばに


先日、アーティストの原田恵さんに

誘われて、

鳥取の絵はがき展に参加しました。



会場に行くことはできませんでしたが

とても温かくすてきな展覧会だったようです。



私は「デイジー」という作品を出しました。

赤いワンピースの女の子。

最近、ほんとうに

女の子に元気になってほしいなと

思うようになりました。

元気って、何か活動をするわけではなくて

ただ、笑えるようになってほしいなと

思っています。



原田さんから、展示のために

いくつかの質問が送られてきたので、

ひとつの文章にまとめて

回答しました。



少し手を加えたことろもありますが、

ほぼそのままです。



この文章は、夏の余韻が残る

土曜の朝のバスのなかで書きました。

とても晴れた日の朝で、

読み返すとあの夏のひかりを思い出します。











「ほんの少し、そばに」




 
絵はがきや手紙については、

すごく大きな思い出というものは

ないような気もするのですが、

小さな思い出を思い出すと、

あれもあったこれもあったと

思い出すことができます。

それは、はがきの、少したよりないような

一枚の葉っぱのような姿に

とても合っているような気がする。



 
 
 
ここでこれを書きはじめると、

とても長くなってしまうので

(ひとつひとつは小さいのだけれど、それがいくつもある)、

そのなかの小さな思い出のひとつを

書きたいと思います。



 
 
 
ずいぶん前、

大学のころの友人が

海外に行くたびに絵はがきを送ってくれました。

彼女はいまでも、私の本当にひとりだけの友人です。



 
 
 
ダ・ヴィンチのデッサンや、

イタリアの不思議な光の差し込むドゥオモ、

ピカソのすばらしいドローイングなどを、

そのときどきで送ってくれました。

 
 
 
絵はがきだけでなく、

はがきに書かれた文章から、

彼女がほんとうにきらきらと、うつくしい水を浴びるように

外国の空気のなかで

楽しそうに生きていることがわかって、

私もまたその乾いた異国の空気を

吸っているような気がしました。

 
 
 
その絵はがきをみるといまも、

彼女が感じていた、

自由な空気を感じることができます。

 
 
 
部屋に飾っておくだけで、

それはずいぶん私の心を励ましてくれました。



 
 
 
絵はがきをつくるときは、

いつもそんな気持ちで絵を描いています。

 
 
 
ほんとうはそばにいてあげられたらいいんだけど、

いまはちょっとむずかしい。

だから、ほんの少しそばに。



それが、伝わるといいなと思います。











 
日々 - -
縫いつづけられる日々


ことしはじめての展覧会がおわりました。
ソーイングギャラリーの「繕いの便り展 ♯12」。
永井宏さんの声がけではじめられたというこの展覧会に、
私もはじめて参加しました。

ポストカードを展示して
その場で販売もしている、と言ってしまえば
言ってしまえる展覧会なのですが
(じっさいに私も誰かに説明するときは、
ポストカードの展覧会なんだよと言っていました)、
それだけではないものが
この展覧会にはあるような気がして、
それがいちばん好きなところです。

はがきっていつも
半分の存在だなと思っている。
誰かに書かれて、そして出されてはじめて
はがきはまるい存在になる。

ギャラリーには机があって、
その場でだれかにはがきを書くこともできる。
切手やポストも置いてあって
ギャラリーから投函することもできる。

そうやって人をつないで、縫い合わせている
いとなみのようなものが、
この展覧会にはあるような気がして、
それはとてもおだやかで気持ちのいいものでした。

あまり知り合いも多くないので、
この雰囲気が大阪なのだと思っていたら、
地元の方たちから
ここは別世界なんだよ、物語の世界
と教えてもらいました。

そうなのか、そうなのかもしれないと思いました。
この場所は大切な場所なのだなあと思いました。

そして、
わたしもこんなふうに
日々を縫いつづけていきたい、
そんなふうに思いました。



「繕いの便り展 #12」
2014.1/15(水)〜2/2(日)
sewing gallery
『holly night』


 
日々 - -
いま
IMG_1421.jpg


いつのまにか
2013年の最後の日になっていました。

毎年思うことだけど、
本当に年末のこの時期の空気が大好きでしょうがありません。
ずっとずっとこの空気のなかで
じっとなにかを見つめていたくなります。
時の流れる感じとか、空気の色とか、
夜がやってくる感じとか。
なにかがどんどん去っていって、
新しい何かが生まれるときのような気配に満ちている。


たまに仕事が早く終わって、
すばらしく美しい夕焼けを見たときなど
いつもこんなすばらしいものを
見逃してしまっているのかと思います。

日々のなかに、神さまがいる。
そのことを、
たまにすごくきれいなものを見て、
まぶたの上をきれいな雨が流れ落ちるみたいに
また何度でも気づくことがあればいいと思う。



今年は、
ずいぶん遠くに出かけたような気がする。
そのおかげで、すばらしい方たちに出会うことができました。
ほんとうにありがとうございましたという気持ちです。

いつのまにか
今の場所でうんとがんばってうまくやっていくことが
なにか人生のいちばんの目的みたいになっていたのに、
どういうわけか、ふっと外に飛び出すことができた。
自分のなかに
そういうわけのわからない力が残っていたことに、
本当に感謝したい。

ずいぶん前に、小さな子どもを支援する仕事を
していたときがあって、
そのなかのひとりの子が本当に算数がよくできて、
その子がどうやって問題を解いたのかを聞いていると、
数について
はじめていろいろなことがわかった気がした。
そして私が今までやって来たことは
単なる反復運動みたいなものだったのだなあと気づいた。
ここでかけて、そして足す。その繰り返し。

私自身の毎日も、いつのまのか
そんなふうになっていた。
いまの仕事を120パーセントやりきって、
くたくたになって家に帰って、少しだけ眠る。
すばらしいけど、
何か自分を少しずつ落としてきているような
そんな気もしていました。

しあわせって本当に、
やっぱりその人だけの心のかたちの
しあわせがあると思う。
なにか時代の夢のようなものにくるまれて
一生を終えるのも、
もしかしたらしあわせなことなのかもしれないけれど
私はやっぱり
自分だけのささやかな生きるよろこびのような、
そんなしあわせに気づいていきたい。
遅かったかもしれないけれど、
生きているうちにはじめられたのだから
間に合ったのだと思いたい。


はじめるときはそんなたいそうなことは
全然思わなかったけど、
とにかく夏に大阪のソーイングギャラリーの展覧会に
参加することにしました。
はじめは搬入のときに行ってすぐ帰るつもりでいましたが、
ふと思ってしばらく滞在することにしました。
ちょうど河合隼雄先生の命日に近かったので、
先生のところに行って手を合わせて来ようと思ったのが
そのきっかけです。

もうずいぶん前に
いろんなことがうまくいかないときがあって、
そのときに河合先生の本を何度も読みました。
よしもとばななさんとの対談の本や、「こころの天気図」という
文庫本を何度も読んだ気がする。
あのとき本を通じて河合先生やばななさんがしてくださったことは、
本当に一生忘れられません。


しかしながら、本以外のことになると
河合先生についてはほとんど何も知らず、
唯一わかる、京都にある河合隼雄財団というところに行ってみようと
思いました。
ちょうど京都が祇園祭の山鉾巡行の日でした。
市役所前ですこし山鉾を見てから、
北に向かって歩きはじめました。
いま思えばあんなに長い距離を
どうしてバスを使わなかったのかと思うけど、
そのときはどうしても歩きたかったのだと思う。

猛暑の中をずっと歩いて、
どうやらこの辺だというところに来たのですが、
今ひとつここだという看板もありません。
まわりは普通の住宅街で、お店も見当たらない。
困って行ったり来たりしながらぐるぐる歩いていると、
おばさんがひとり歩いてきたので道を訊いてみました。
そしてそのおばさんといろいろ迷ったあげく
(川井さんという家に行ったりした)
やはりわからず、
昔からある小さな酒屋さんで訊くとよいと
その場所を教えてもらい、別れました
(このおばさんとは、私がものすごく迷って歩いているうちに
いつのまにか別れてしまっていて、お礼もしっかりできなかったことが
本当に申し訳なかったです。おばさん、ありがとうございました)。

小さな酒屋さんは、酒屋さんというより
元・酒屋さんというような店構えでした。
こんにちはと声をかけると
やせて目の大きなおじいさんが、
思い切り不審そうな顔で出てきました。
私が、河合隼雄財団という場所を探しているのですが、と言ってしばらく
説明していると、
だんだんと顔が明るくなって、河合はんですか、河合はんのお家でしたら、
こう行ってああ行ってお地蔵さんのとこを曲がってひとつ目のとこですわと
うれしそうに何度も教えてくれました。
そのほかにも
早口で河合先生のことをいろいろ教えてくださったのですが、
流暢な京都弁でうまく聞き取れないところもありました。
それでも河合先生が
ここの人に愛されてきたのだなあということがわかり
しみじみとうれしく、丁寧にお礼を言って店を出ました。

そのおじいさんの言う通り、
お地蔵さんのすぐはじめのところに河合先生のお家はありました。
それはさっきいちばんはじめに着いていたところでしたが、
河合という表札が出ていることに気がつきませんでした。
財団というので、事務所のようなところだと思って、
素通りしてしまっていたのでした。
おそらく河合先生の息子さんのご自宅だったのだと思います。

最高にあやしいひとに見えるだろうなと思いつつも、
そっと手を合わせてその場を後にしました。


酒屋のおじいさんが言っていたことで気になったのは、
河合先生は奈良の家は売ってしまって…
というところでした。
だとしたら、奈良に行っても
もう何もないのかもしれない。
そう思って2日後に奈良に行くことを
やめようかとも思いましたが、
なんのためにここに来たのかと思い、
なにもなくてもいいから奈良に行ってみようと思いました。

調べてみると、河合先生のご自宅は
奈良の大きなお寺のすぐそばにあるようでした。

駅でふと目が合って
白いりんどうの花を二枝買いました。
りっぱな菊の花束ではないけれど、
白い花とりんどうが大好きなので、
これでいいのだと思い歩きはじめました。

大きなお寺をぐるりと囲む土塀にそって歩いていると、
この道を河合先生も夜遅く歩いたのかなあと
ふしぎな気持ちになったのをおぼえています。

どうやら地図上ではここだという場所に
たどり着いたものの、
そこは砂利が敷き詰められた駐車場になっていました。
そうか、やっぱりあのおじいさんの言っていたことは
本当だったのだな、
お家は売ってしまったのだ、
池のあるなつかしい日本家屋のようなお家は
もうないのだなという思いが
ぐるぐると駆け巡って、
それでもその駐車場の脇に花を置いてだけいこうと
決めました。

しかし、花だけ置いてみるといかにも不自然で、
まるでこの駐車場で悲しいことが
あったようにも見えます。
これでは逆に迷惑かもしれないなと思い、
まわりをもう少し見てみようと思いました。

するとふと目の前に
奈良大学臨床心理研究所という看板が目に入りました。
もしかしたら、なにかご存知かもしれないと思って
建物の中に入ってみました。
ふしぎそうに出てきた女性の方に、
河合隼雄先生のご自宅を探していますとお伝えすると、
少し笑って向かい側を指差されました。
何かご関係が?というとその方は首を振っていましたが、
お礼を言って建物を出ました。

ちょうど目の前に、河合先生のご自宅はありました。
表札も河合隼雄となっています。
ちょうど私は家の裏側に着いていて、
その前に広がる駐車場を家だと勘違いしていたのでした。
絶望して帰らなくて、本当によかったです。
そのときは心からいろいろなものに感謝しました。

お家をしばらく見ていると、
どうもだれか人が中にいるようでした。
迷いましたが、思い切って呼び鈴を鳴らしてみると、
思い切り不振な顔の奥様が出てきました。

河合先生にはなんの面識もない一読者ですが、
お花をあげに来ましたというと、
よかったらお上がりくださいとお声をかけていただきました。
(これは今でも奥様は本当によくあげてくださったなと思う。
 私は歩いてきて汗だくで、
 しかも黄色いノースリーブの服を着て大きなリュックを背負っていた。
 どうみても弔問客とは言いがたい格好でした。)
 
そして河合先生のご仏壇のある部屋に通していただいて、
お線香をあげてくることができました。
手を合わせているときは、
どこか祈っているのは私だけではなく
河合先生を信頼していたいろんな知らない方たちの分も祈っているような、
なのにひたすら無我夢中なような、
そんな気持ちでした。
悲しいという気持ちはまったく湧かず、
ただ、いや、先生ほんとうにありがとうございました
という気持ちだけでした。

お線香をあげてから部屋を出て、
奥様と少しお話をしました。
その後すぐ帰ろうとすると、
あなたなにかうちの人の本持って帰りませんか、
何がいいですかとお声がけいただきました。
実はほとんど河合先生の本は持っているのですが、
ほんとうにうれしくて、何でもうれしいですと答えたところ、
うちの人は本当に多岐に及んでいるからねえと
河合先生と村上春樹さんの対談の文庫本をいただきました。

ふしぎなことに、
私はいつも遠くに出かけるときに
本をお守りに持って行くことが多いのですが、
今回の滞在で
自分の本棚から持って行こうかなと目が合ったのが
この本でした(ハードカバーだったので結局持って行かなかった)。

思い切り感動しながらも
なんだかふしぎだなあと心のなかで思っていたら、
村上さんもきのう来てくださったのよと
奥様は普通に話されました。

その瞬間、ふっと前を
村上春樹さんが通り過ぎて行ったように感じました。
いつかきっと出会えるな!とも感じました。


世の中は
ふしぎな糸でつながっている、
そんなふうに思えた一日でした。

そして、どんなに失望することがあっても
その人が生きているうちに会いに行こうと
なぜだか思いました。
あの夏の日、かたつむりのように
ひたすら河合先生のあとをたどっていたら
自然とそんな気持ちが湧いてきました。


いまを生きるって何なんだろうと
ときどき思います。
つばきの花が枝の根元から順番に咲いていって、
次の週にはもうくしゃっと枯れてしまっている。
ふしぎだなと思う。

あのとき、
本当に暑い中をたくさん歩いて
本当によかったなあと思う。
ものすごい後ろ向きの旅だったのに、
どこかあれが
いまを生きるということだったような
気がしています。







日々 - -
青い夜のうた
Mori Yoshida


いろいろな夜があるけれど、
生きていると、ときどき深い深い森のような夜に、
出会うことがあるように思う。



もう十年ほど前、多くの人が通る道なのか、自分だけがそうだったのかは
よくわからないのだけれど、
なんだかとても調子の悪いときがあった。

しばらく勤めていた仕事を辞め、一人暮らしを辞め、
思い出のたくさんある町から引っ越し、実家に戻った。


いま思えば、ほんの少し自分の心から逃げていたのだと思う。
でもそのときは気がつかなかった。
ただ自分の外側にこたえを探して、
いろいろな場所を冬の野良犬のようにひたすら歩きまわっていた。
終着地のない巡礼。まるで、緑色の光がぼんやりと差し込む海のなかを、
思うように動けないまま歩いているようだった。


そんなふうに過ごしていたある日、知人から展覧会のはがきが届いた。
友人の姉で、あらゆることで私とは正反対の人だった。
考えすぎて動けなくなってしまう私に対して、
彼女はとても感情のまま直感的に生きていた。
そして、なぜかふとしたときにいろいろな場所で、
ばったりと出会うことが多かった。


そんなときはいつも、知っているのに親しくはないという
ふしぎな場所から、きらきらと光を放っているような彼女を、
まぶしいような、少し気後れするような気持ちで見ていた。


展覧会の会場は、私が以前住んでいた町の、古い蔵を改造した
喫茶店の二階だった。蔵によってはこわい感じのするものもあったが、
このお店は店主がその一角に住んでいることもあって、人の香りのする
ほのぼのとした空気がただよっていた。

私が行ったときはちょうどランチの時間が終わり、
夜の部が始まる前の準備中の時間だった。二階のギャラリーに行く前に、
カウンターのなかにいた店主らしき人に、
こんにちは、絵を見せてくださいと声をかけた。
やさしそうな顔の男の人が、にこっと頭を下げた。
店のなかには、ふわふわしたすすきの穂が花びんに入れて飾られていて、
そのふわふわしたすすきの穂の感じと、
お店の主の雰囲気がとてもよく似ているなと思ったのをおぼえている。

少しぎしぎしいうような木の階段を上がっていくと、二階は細長い空間に
なっていて、両壁には絵が飾られていた。会場にはだれもおらず、
かえってそのからんとした空間が放任されているようで、心地よかった。

ギャラリーのいちばん手間には、小さな黒いスケッチブックがあった。
絵をみに来た人たちが名前を書いていくノートだった。


何度も部屋のなかをぐるぐる回りながら絵をみた。
彼女自身から受ける印象とは違って、彼女の絵は深い海のような、
さみしい風のような色をしていた。

絵をみたあと、ふとそのノートと目が合った。
いつもは名前を書くくらいだったのに、なぜだかどうしても
描きたくなって、少し前に夢で見た、青いイヤリングの絵を描いた。





夢のなかで、私は深い海の底のようなデパートにいた。
緑の光がゆらゆら差し込んでくるような、水族館の中のようなデパートだった。

ショウウィンドウには、
女物の紺色のスーツを着たマネキンが飾られていた。
そのころの私はスーツを必要とするようなことは全くなかったのに、
なぜかスーツを買わなければならないような気がして、
真剣にそのマネキンを見つめていた。
そしてそのマネキンの足もとに、
イヤリングはあった。
紫に近い深い青色をしていて、表面はすりガラスのような質感だった。
ぽってりとした茄子のような、
しずくのかたちをしていた。

ひとめ見るなり、あ、きれいと思った。ほしいと思った。
だがイヤリングは、気づいたらなくなっていた。
ふっと上から降ってきて、床に吸い込まれたように見えた。
そのかわりイヤリングのあった場所には、デニム地の
ハンドバッグが飾られていた。
バッグには、同じ布地でつくったガーベラの花のような
コサージュが付いていた。

このハンドバッグを見たとき、かわいいなと思いつつも、
心の本当の深いところでは
よいと思っていない自分がいることに気づいていた。
そして、さっき見た青いイヤリングを目で探した。
見つけることはできなかった。

あまりにきれいな色だったので、目が覚めてからメモ帳に
その絵を描いたことをおぼえている。


だから、ギャラリーの黒いスケッチブックに、
そのイヤリングの絵を描くことは簡単だった。
ただ、なぜ自分がこのスケッチブックに、
夢でみたイヤリングの絵を描かなければならないのかは、
わからなかった。
そのころ私は、みた夢のことを人に話すことは
なくなっていた。

展覧会では結局誰とも会わず、そのまま会場をあとにした。
それにしても、なぜ自分が脈絡もなくあんなことをしたのかが
わからなかった。ふと突然空から降ってきたような、
そんな行為だった。




その二日後くらいに、友人の姉から突然電話がかかってきた。
そんなことはいままで一度もなかったことだったので、
ずいぶんびっくりした。
はじめは友人かと思って出たら、
先日絵をみた彼女のほうだった。


「ようちゃん、びっくりだよ!」と彼女は開口一番に言った。
「あのイヤリングの絵、私がこないだデパートで落とした
 イヤリングとおんなじなの。もうびっくり。」


彼女いわく、デパートのアクセサリー売り場でそのイヤリングを
片方落としてしまったとのことだった。
とても大切な人からのプレゼントだったので、ずいぶん探したのだけれど
見つからなくてすごく悲しかった、と彼女は言った。

そのあと、夢でみた青いイヤリングの細かいところを彼女と確認し合って、
本当に細部までそっくりだったことがわかった。
最後は、ふしぎなこともあるものだねと言って、電話を切った。



あのとき、世界はいくつもの層になっているということが
なんとなくわかった。
あのころ深く沈んでいた私は、
ほんとうに世界の海の底のような場所に
いたのだと思う。


そんなときに、天上から降る歌のような、
あの青いイヤリングを見たのだと思う。
空から降る希望のかけらとして。


そして、もう行くことなどないと思っていた町から、
なにか、やさしい贈り物をもらったような気がした。






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