日々の 暮らしの 小さなしずく
Copyright texts and images, Mori Yoshida, 2009-2015
おめでとう




ソーイングギャラリーでの展覧会を
ぶじ終えることができました。

お越しいただいたみなさん、
支えてくださったみなさん、
ほんとうにありがとうございました。

今回の展覧会は、
2002年の「白い部屋」以来の
ひとりでの展覧会でした。
12年ぶりの展覧会。

今回の展覧会のタイトル“fete(フェト)”は、
祝祭とか、祝日とか、そういう意味があります。

うまくいえないのだけれど、
これはとてもわかりにくく、
だれも気がつかないようなことなのだけれど、
今回の展覧会は
私にとって3年前の震災のメモワールでもあり、
フォークロアみたいなものだと
思っています。
記録でも記憶でもなくて、
こころの跡のようなもの。

あの日以来、
いろんな方が来ていろんなことを
語り、そして去っていって、
私たちの心には、ふしぎな澱が残りました。
それはことばではあまりうまく
言えないことで、
そのもわっとしたものを
いままでずっと抱えて生きてきたように思います。



今回の展覧会では、
なんとなく夕方キャンドルを灯そうと
ふと、会場にいて思いました。
暗くなったギャラリーにぽつ、ぽつと
ちいさな灯りが揺れているのは
ほんとうにきれいでした。

最後の日曜日に、
たくさんのキャンドルを買ってきて
夕方マッチで火をつけようと思っていたら、
ちいさな男の子がやってきて、
ふうっと吹き消してしまいました。
私がひとつつけるたびに、
ふうっと吹き消して、おめでとう!と言って
ぱちぱちと拍手をして
にこにこしています。
とてもかわいいのだけれど、
とても困りました。
私がつけては、彼が消し、を
しばらく繰り返しました。

持ってきていたマッチの数は
限られているし、
ちょっと泣きそうになりがら
消さないでくださいと頼んでみましたが、
やはりだめで、
男の子のお母さんに
お願いすることにしました。

お母さんから、
これは消しちゃだめなんだよと
お話ししてもらい、
今度は、キャンドルの灯りを
ともすことができました。

男の子のお母さんが、
火を消しておめでとう!って言ったあと
ハッピーバースデーの歌を歌ってたの、
わかりにくかったかもしれないけれど、
と教えてくれました。



今回の展覧会は、
私にもたくさん思い入れがあって、
でもいつの間にか
少しセンチメンタルになっていました。

たくさんのキャンドルの火を灯したのも、
どこか、追悼のような気持ちが
あった気がします。
それは亡くなった方だけではなく、
私自身の時間への追想のような意味で。

でも、男の子の
お母さんのことばを聞いていたら、
もしかしたら
男の子のしたことのほうが
今回の展覧会にぴったりなのかもしれないと
気がつきました。

feteというのは、
毎日をお祭りみたいに過ごすということではなく、
ただふつうの日々が、
ほんとうは祝祭なのだという意味でつけました。
いま生きていることそのものが、
ほんとうは短い祭りのようなものなのだと
思います。


だとしたら、
キャンドルの火をみつめて
悲しい気持ちになるよりは、
火を消して、おめでとう!と
何かの誕生を祝っていくほうがいい。


それは生きているものにも、
亡くなったひとたちにも、
すばらしいfeteになると
思いました。




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「星空を探して」

 
3年前に地震があったとき、
そのころ私は東北に住んでいました。
地震があった日の夜、
避難先の友人の実家のマンションから、星空を見ました。
友人の家族はとてものんびりとした気のいい人たちで、
こんな緊迫した雰囲気のなかで、まあ星でも見てみるといいよと、
8階のベランダの窓を開けて、私を誘ってくれました。

ひかりのないまちの上に、星ぼしがちかちかと輝いていました。
星を眺めながら、希望と絶望が入り交じって、
明日がどうなるかわからなくて、
今だけがぽっかりあるような気持ちになったのを
おぼえています。

でも、いま思えば、
あれが世界のほんとうの姿だったのかなと
思うこともあります。
そして、生きているって、
ただそれだけで何かに守られているのだと
思うようになりました。
 
あの星空を見たときに感じたことを、
これからもずっと、表現していきたいと思っています。
今回、たくさんの方に支えられ、
この展覧会をすることができました。
心から感謝しています。


 
吉田 百里



*展覧会会場のことばより
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