日々の 暮らしの 小さなしずく
Copyright texts and images, Mori Yoshida, 2009-2015
青い夜のうた
Mori Yoshida


いろいろな夜があるけれど、
生きていると、ときどき深い深い森のような夜に、
出会うことがあるように思う。



もう十年ほど前、多くの人が通る道なのか、自分だけがそうだったのかは
よくわからないのだけれど、
なんだかとても調子の悪いときがあった。

しばらく勤めていた仕事を辞め、一人暮らしを辞め、
思い出のたくさんある町から引っ越し、実家に戻った。


いま思えば、ほんの少し自分の心から逃げていたのだと思う。
でもそのときは気がつかなかった。
ただ自分の外側にこたえを探して、
いろいろな場所を冬の野良犬のようにひたすら歩きまわっていた。
終着地のない巡礼。まるで、緑色の光がぼんやりと差し込む海のなかを、
思うように動けないまま歩いているようだった。


そんなふうに過ごしていたある日、知人から展覧会のはがきが届いた。
友人の姉で、あらゆることで私とは正反対の人だった。
考えすぎて動けなくなってしまう私に対して、
彼女はとても感情のまま直感的に生きていた。
そして、なぜかふとしたときにいろいろな場所で、
ばったりと出会うことが多かった。


そんなときはいつも、知っているのに親しくはないという
ふしぎな場所から、きらきらと光を放っているような彼女を、
まぶしいような、少し気後れするような気持ちで見ていた。


展覧会の会場は、私が以前住んでいた町の、古い蔵を改造した
喫茶店の二階だった。蔵によってはこわい感じのするものもあったが、
このお店は店主がその一角に住んでいることもあって、人の香りのする
ほのぼのとした空気がただよっていた。

私が行ったときはちょうどランチの時間が終わり、
夜の部が始まる前の準備中の時間だった。二階のギャラリーに行く前に、
カウンターのなかにいた店主らしき人に、
こんにちは、絵を見せてくださいと声をかけた。
やさしそうな顔の男の人が、にこっと頭を下げた。
店のなかには、ふわふわしたすすきの穂が花びんに入れて飾られていて、
そのふわふわしたすすきの穂の感じと、
お店の主の雰囲気がとてもよく似ているなと思ったのをおぼえている。

少しぎしぎしいうような木の階段を上がっていくと、二階は細長い空間に
なっていて、両壁には絵が飾られていた。会場にはだれもおらず、
かえってそのからんとした空間が放任されているようで、心地よかった。

ギャラリーのいちばん手間には、小さな黒いスケッチブックがあった。
絵をみに来た人たちが名前を書いていくノートだった。


何度も部屋のなかをぐるぐる回りながら絵をみた。
彼女自身から受ける印象とは違って、彼女の絵は深い海のような、
さみしい風のような色をしていた。

絵をみたあと、ふとそのノートと目が合った。
いつもは名前を書くくらいだったのに、なぜだかどうしても
描きたくなって、少し前に夢で見た、青いイヤリングの絵を描いた。





夢のなかで、私は深い海の底のようなデパートにいた。
緑の光がゆらゆら差し込んでくるような、水族館の中のようなデパートだった。

ショウウィンドウには、
女物の紺色のスーツを着たマネキンが飾られていた。
そのころの私はスーツを必要とするようなことは全くなかったのに、
なぜかスーツを買わなければならないような気がして、
真剣にそのマネキンを見つめていた。
そしてそのマネキンの足もとに、
イヤリングはあった。
紫に近い深い青色をしていて、表面はすりガラスのような質感だった。
ぽってりとした茄子のような、
しずくのかたちをしていた。

ひとめ見るなり、あ、きれいと思った。ほしいと思った。
だがイヤリングは、気づいたらなくなっていた。
ふっと上から降ってきて、床に吸い込まれたように見えた。
そのかわりイヤリングのあった場所には、デニム地の
ハンドバッグが飾られていた。
バッグには、同じ布地でつくったガーベラの花のような
コサージュが付いていた。

このハンドバッグを見たとき、かわいいなと思いつつも、
心の本当の深いところでは
よいと思っていない自分がいることに気づいていた。
そして、さっき見た青いイヤリングを目で探した。
見つけることはできなかった。

あまりにきれいな色だったので、目が覚めてからメモ帳に
その絵を描いたことをおぼえている。


だから、ギャラリーの黒いスケッチブックに、
そのイヤリングの絵を描くことは簡単だった。
ただ、なぜ自分がこのスケッチブックに、
夢でみたイヤリングの絵を描かなければならないのかは、
わからなかった。
そのころ私は、みた夢のことを人に話すことは
なくなっていた。

展覧会では結局誰とも会わず、そのまま会場をあとにした。
それにしても、なぜ自分が脈絡もなくあんなことをしたのかが
わからなかった。ふと突然空から降ってきたような、
そんな行為だった。




その二日後くらいに、友人の姉から突然電話がかかってきた。
そんなことはいままで一度もなかったことだったので、
ずいぶんびっくりした。
はじめは友人かと思って出たら、
先日絵をみた彼女のほうだった。


「ようちゃん、びっくりだよ!」と彼女は開口一番に言った。
「あのイヤリングの絵、私がこないだデパートで落とした
 イヤリングとおんなじなの。もうびっくり。」


彼女いわく、デパートのアクセサリー売り場でそのイヤリングを
片方落としてしまったとのことだった。
とても大切な人からのプレゼントだったので、ずいぶん探したのだけれど
見つからなくてすごく悲しかった、と彼女は言った。

そのあと、夢でみた青いイヤリングの細かいところを彼女と確認し合って、
本当に細部までそっくりだったことがわかった。
最後は、ふしぎなこともあるものだねと言って、電話を切った。



あのとき、世界はいくつもの層になっているということが
なんとなくわかった。
あのころ深く沈んでいた私は、
ほんとうに世界の海の底のような場所に
いたのだと思う。


そんなときに、天上から降る歌のような、
あの青いイヤリングを見たのだと思う。
空から降る希望のかけらとして。


そして、もう行くことなどないと思っていた町から、
なにか、やさしい贈り物をもらったような気がした。






日々 - -
Qちゃん


いっしょうけんめい走っていたら
いつのまにか2月になっていました。
ありがとう、大好きな1月。

私にできることは
いっしょうけんめいその時間を過ごすこと、
ばかみたいに、そしてまっすぐに。
それが、遠くから見れば、
祈りになるのだと信じています。

最近、自分はずっと夏が好きだとばかり
思っていたら、
どうも冬も好きだとわかってきました。
なぜそのことに気づいたのかというと
自分の写真は冬の風景を撮ったものが
とてもいいなあと思ったからです。
自分が暮らし、ときを重ねて来た場所というのは
深く自分のなかに刻まれているのだなあと思いました。

私の住んでいるところの近くには川があって、
冬になると白鳥が渡ってきます。
ときどき、夕方、きゅうきゅうと鳴きながら
ふしぎな隊列を組んで飛んでいるのを
みることがあります。

東京に行ったときに、
1日くらいいると何かが足りない感じになってくるのは、
こういうものがないからなのだと
このごろになってやっと気づきました。
わたしが私と思っているものは
いったいなんなのだろうとふと思ってしまいます。



最近、よく思うのは、
地震が起きたあとのことです。
いろんなことがあって
うまく動けなくて家にいたとき、
本を読んでいました。

それは地元の小さな本屋さんで
見つけたもので、
なぜか何度も何度も目が合った
「オバケのQ太郎」でした。

よしもとばななさんが
幼いころに目が悪くて、
片目しか見えなくて眼帯をしていたとき、
一日に数時間だけその眼帯を外す時間があって、
そのときにむさぼるように
「オバケのQ太郎」を読んでいた、ということは
とてもよく知られていることです。


私もそのことを知ってはいたけれど、
自分がいま、なぜQちゃんなのかは
よくわからなかった。
でもそのときは、ドラえもんでも怪物君でも
ドストエフスキーでもだめで、
絶対にQちゃんだったのだと思う。


電車はいつ動くかわからない、
なぜだかパソコンからネットにつなげなくなっている、
ツイッターには怒鳴り声のような
脅しのような言葉がたくさん連なり
地震が起きてもまわりの人はだんだん慣れてきて
心配のメールをしても返事が来なくなり、
原発に近いところに住む友人にメールを送っても、
まだテレビの情報だけを信じていたり、
そんなわけのわからない状況のなかで
ただひたすらに
ぶあついQちゃんを読みました。

そして、Qちゃんの、というか、
藤子先生のやさしさに
何度も打ちのめされました。
すばらしい人に出会ったとき、
ああ、自分はかなわないなと思うことがあるのですが、
Qちゃんを読んでいて何度か、
そう思うことがありました。
私だったら、もっとここで責めてしまったり、
意地悪な気持ちになるのに、
ほんとうに自然なかたちで
すっと許している。
すごいなあと思いました。


でも、そのときは
なぜ自分がこんなにQちゃんの世界に惹かれるのかが
よくわかりませんでした。
そのときはただ、その厚い本を机の脇に置いて
何度も何度も読みました。


昨年末に、よしもとばななさんがエッセイの本を出されて、
その中にQちゃんのことを書いている文章があり、
それを読んだら、あのときなぜ自分が
あんなにQちゃんに惹かれたのかが
わかるような気がしました。

端的に言ってしまうと、
Qちゃんのすばらしさは
ほぼなんの役にも立っていないということだと、
ばななさんは書いています。
そういう、役に立たない、大飯食らいの
でも正直な、異文化のともだちが来たことを
楽しんでしまう時代だったということも。


そして私にとっては、
そんな役に立たないQちゃんと、
そのことを自然に受け入れているまわりの人たちの物語が、
深く混乱した時間のなかで、
なによりも深く自分をなぐさめてくれました。


震災の後、
今までずっといろんなことをみてきて思うのは、
ますます役立つものがすばらしいとされてきているなあ
ということです。
でもそこからはみ出してしまう人やものごとがある。
少し心や体が弱かったり、
仕事でうまく立ち回れなかったり、
年を取っていたり、まだ幼かったり。

私にできることは、
せめて自分のまわりの困っている人を
助けること(といっても会って話を聞くだけだけど)、
そして最近は、
絵を描いたり文章を書いていくことなのかなと
思うようになりました。

そして目指すのは、
あのとき、Qちゃんを読んでいたときの
あたたかなひかりのようなものです。
それはりっぱなものではなく、
小学生の吹くたて笛のチャルメラみたいに
まぬけで、でもあたたかくて
でこぼこしたもの。


そんなひかりを
ちいさな星みたいに
胸の中で追いかけながら、
ものをつくっていけたらいいなと
思います。






























日々 - -
これからのばらの花


きょうはほんとうにおだやかで、
あたたかな光が部屋いっぱいに
入ってきます。
こんな日が、一年のはじまりでよかった。

いつもとおい歌のような
記憶のことばかりを
書いているのだけれど、
たまにはいま考えていることも
載せてみようかなと思いました。

きのうの大みそかに
Facebookに書いたことに、
少し手を加えて
書いてあります。

年末の空気の感じがとても好きで
この時期になると、
猫みたいにじっと静かに
ときの流れを見つめてしまう。

なんだか海みたいだなと思います、いつも。





いろいろなことがあった今年もきょうでおわり。
本当に忙しかったけど、それでもどこか
船に乗るように穏やかな一年でした。
きっと見えないところで、
そして見えるところで、たくさんの人やいろんなものに
助けてもらっていたのだなあと思います。




おおきな地震があって津波があって
原発が壊れて、
たくさんの方が亡くなって…。
そんなおおきなかなしみがあって
一年が過ぎて、ほとんどの人が
普通の暮らしに戻るなかで、
なんだかばかみたいに
これからどうやって暮らそうか、
ほんとうのことは何だろうかと
日々思いながら暮らしてきた一年でした。


これからのことについて、
こうしたほうがいい
ああしたほうがいいという声が
たくさんあるなかで、
やっぱり私は自分の心の深いところや
体の声を信じたい、
そう思うようになりました。

そして、ますます
夢をみることやたのしむこと、
やさしさを大切にしたいと思うようになりました。

来年、そしてもっとながいこれからの時間を
そんなふうに過ごしていけたらと
思います。

よいお年を。よい時間を。











日々 - -
白い夜の猫

なにかを決めるとき、人はどうやって決めているのだろう、
と、なんとなく思うときがあります。
これは自分が何かを決めるのに、
とても時間がかかるからだと思うけど。

自分のことを思うとき、
すごく大きなできごとがあってというのではなくて、
一見なんの関係もないようなことが
そのあとの自分を
前に進めてくれている気もします。


もうずいぶん前のことで、
ちょうどニューヨークで
あの大きなテロがあった年のことです。
このことで
自分が何かを失ったわけではないのだけれど、
何かを手放したような、
そして、
なにか大きな流れのようなものが
変わっていくのだろうなとぼんやりと思ったことを
おぼえています。

その大きなできごとがあって間もなくのころ、
たぶん今ごろの季節のことでした。
暑くもなく、寒くもなくただきれいな秋の日で、
あまりに気持ちのいい夜だったので、
いつもとは違う帰り道を通ってみようと思いました。

ちょうどそこは小さな公園があって、
昼間は小さな子どもたちでにぎわっていたけれど
夜はあまり人も通らず、静かな場所でした。

道を歩いていると
向こうから若い男の人が歩いてきて、
足もとには猫を連れていました。
これがうわさの猫さんぽかと思っていたら、
いつのまにかその白い猫は、自分の足もとにいるのでした。

どうやら大きくなる前に捨てられてしまったらしく、
あとでその公園のすみっこに
猫のえさがいっぱい入った皿も見つけました。

そのころ私は
古い壁の薄いアパートに住んでいて、
かつ猫が好きなのにさわると目が腫れるという
アレルギーのようなものを持っていました。

困って、猫を飼っている知り合いに電話して訊いてみると、
今は寒くはないので、その公園の柵の中に
とりあえずは入れておくといいこと、
公園には管理人さんがいたはずだし、かわいい猫のようだから
すぐにもらい手が見つかると思うというようなことを
アドバイスしてくれました。

もし管理人さんが猫ぎらいだったら…なども
考えたのですが、
アパートが近所だったこともあり、
とりあえず一晩この公園にいてもらうことにしました。

とても頭のいい猫らしく、
公園の柵の中に入れると
どこからか切れ目を見つけて
するりと外に出てきてしまいます。
私が外でずっと見ているのもよくないのですが、
何度かそんなことを繰り返して
やっと猫を公園の中に入れることができました。
帰るときも、大きな声で鳴いていて、
自分が本当にわるいことをしたような、
すまないような気持ちになりました。

次の日の朝、
公園に行ったらもう白い猫はいませんでした。
はじめはものすごくがっかりしましたが、
その後、あの晩電話した人と少し話をして、
その人も気にして公園の近くを通ってくれていたことを知りました。
そのとき、その人は
管理人さんが、なんか猫の声がするぞと話していたのを
聞いたそうです。
本当に都合がいい話だけれど、
誰かやさしい人の家にもらわれていきましたように、
と心から思いました。


それきり白い猫のすがたは、
見かけませんでした。




それから間もなく、
しばらく勤めていた仕事を辞めて、
またしばらくして引っ越すことになりました。


あの夜のことはいまも、
秋の甘く冷たい空気と一緒に、
川の流れの描くふしぎなもようのように、
ひとつづきのできごととして
私の心のなかに残っています。



時おり、
あのとき私が勇気をもって
猫を部屋に連れてかえればよかったのだろうかと、
答えのない問いを繰り返すことがあります。
あのときの白い猫は
自分の心だったのではないかと思うときもあります。

それでもいま思うと、
あの夜のことがあってというか、
曲がり角を曲がったのは
あの夜だったのだなということがわかります。

価値観が変わるような大きな変化やできごとでもない、
なぐさめでも、はげましでもない、
特別な理由にもならない。
それでもただそこにあって、
なにか大きなところから
私を見守ってくれている。

誰かが何かを決めたり前に進むときには、
ときにはそんな
見逃してしまいそうなささやかなことが
いつのまにかわたしを前に進めてくれる、
そんな気がしました。







































日々 - -
記憶
Mori Yoshida

よく考えたら
テレビをほとんど見ない。
全部の時間を足してみても、
一年で30分も見ていないような気がする。
どんなに有名なスポーツの試合があっても
やっぱり見ないので、
他の人にそのことがわかったときは
当然のごとく驚かれる。
自分にとっては春に生えるつくしのように
自然なことなのだけれど、
やっぱり今の世の中では
変わっていると思われる。
でもだれのつくったかよくわからないものを
ずっと見つづけるなんて、
けっこうかわったことではないかしらと
夜の鳥のように
ひっそりと思うこともあります。
ほんとうにひっそりとだけど。

そのせいもあって、たまに映画を観ると
本当に真剣に観てしまう。
あとは妙に勘のようなものが
冴えるときがある。
なんとなくそんなふうに感じている。

これから書こうと思っていることは
もう1年半くらい前にあったことで、
そのときにも
実は書こうと思っていたのだけれど、
やはりどうしても書けなくて、
これは少し寝かせておこうと思って
とっておいたことです。

私にはそういうことがいくつかあって、
そのなかには10年くらい前のものもある。
そのうちここで書いていけたらいいなと
思っているが、
特に急がないことにしている。
時というのは
ちょうどいいときにやってくる、
ということを、小さなロザリオを持つように
信じているからかもしれない。




あまりよけいなものを見ないと、
ほかのことに気づきやすくなるのかもしれない。
そんなふうにいろんなことに気づけるときは
意識をぎゅっと集中しているときではなくて、
全体的にぼうっとしているときのような気がする。
ちょうどリラックスして
音楽を聴いているときのように。


もうずいぶん前に
どうしても聴いてみたい歌の人がいて、
なかなかスケジュールが合わないという紆余曲折を
乗り越えて、
やっとその人の歌を聴きにいくことができた。
そこはちいさなバーというより、
ほんもののスナックみたいなところで
10人も入ればいっぱいになってしまうところだった。

そのときはまさかそんな小さなところとは知らずに、
うっかりぎりぎりに行ってしまい、
思いきり入り口にいすを置いて
聴くことになった。

後半からはやっと席が空いて、カウンターの席に
座らせてもらったのだけれど、
そこはからだをぎゅっとひねって
歌を聴かなければならないようなところだった。

それでもその人の歌は
とてもすばらしかった。
まるで小さな草原に降るやさしい雨みたいに、
穏やかで、かわいらしい歌声だった。

そしてアンコールに、
その人は日本語の歌を歌った。
それはバート・バカラックの歌に
日本語の歌詞をつけた歌だった。
穏やかな日曜日のしあわせな男女の風景。
あなたは上機嫌でブルーのシャツを着ている、
という歌詞だった気がする。

その歌を聴いていたら、
どういうわけか
もうずいぶん会っていない人の映像が
頭の中いっぱいに浮かんできた。
あれ、どうしたのかな、
どうしてこの人のことを突然思い出すのだろう
と思うのと同時に、
なぜだか意味もなくとてもかなしくて
切ないような気持ちになった。
頭の中がかなしいかなしいという気持ちで
いっぱいになったような気がした。


歌が終わり、
めずらしくその人に話しかけてみようという
気持ちになった。
ひとしきりいろいろな人との話が終わったところで
そっと話しかけてみた。
ほんの少し話してみたら、
偶然にお互いに知っている人がいることに
気づいた。

その歌う人は無邪気に言った、
ああその人は私の前のパートナーだったんですよ。


それは歌を聴いている間じゅう、
私の頭に浮かんでいた人だった。
だとしたら、
その歌を歌っているとき
その人は、そのパートナーとの
しあわせな日々を
甘い雨のように思い出していたのかもしれない。

さすがにそのとき頭の中に浮かんできたことについては
言えなかったけど、
自分が絵を描くことと
ずっとその人の歌を聴きたいと思っていたことを
少し話した。
帰り道は歌を聴いた感動というよりも
ふしぎなこともあるものだなあとそればかりを
思っていた。
ふしぎな秋の夜の出来事だった。




私たちは、からだごと、空間ごと
なにかを伝え合っている。
それはだれかと会ったときに
いつもつよく思う。
何を言ったかより、ほんとうは
こうしてそばにいて、
同じ時間を過ごすこと、その記憶を
からだにしみこませること。
もしかしたら、人と会うことの
なにものにもかえがたさは、
そこにあるのかなと思うときがある。


たとえ言葉には残らなくても、
そのとき、
とても大切な風景を
私たちはこころの深いところで
交換し合っているような気がする。









日々 - -
どうしようもない海


5月ってとてもすきなのに
気づいたら6月になっていました。
こう書くとなんだかひどいようだけど、
いろんなことが心のなかをきらきらと
こぼれ落ちていったような
静かに満ち足りた月でした。

5月ってほんとダイヤみたいな、
白くて大きなばらみたいな月だなあと
思います。
一日一日がまぶしくてとうとい。
一年のうつくしいことが
一日の中にぎゅっと濃縮されているような
そんなすばらしい月だと思います。


あまりにも忙しくて
ひさしぶりに
睡眠時間1時間とか
そういう荒技をしてしまいました。
本格的に寝てしまうと起きれなくなってしまうので、
床に毛布を敷いて、
それにくるまって寝たりしていました。
こういうやり方はいのちを削るようだなあと
思いつつも、なんだかキャンプしているみたいで
楽しかった。

ずっと前に展覧会をしたときも、
少し大きな絵を描きたかったので
ベッドの底板を机がわりに
絵を描いていたことがありました。
その間じゅうはベッドの脇に
ふとんを敷いて寝ていました。
今考えると、なんだかおかしい感じです。


こう書くとなんだかとても
忙しいように見えるけど、
たんにひとつひとつの動きに
時間がかかっているだけで、
そんなにたくさんのことをこなしているわけでは
ないように思う。

映画館でも
映画が終わって帰ろうとして
身じたくをしていると、
たいていいつのまにか
いちばん最後になっていることが多い。
どうしてみんなあんなに普通に
さっと出れるのかふしぎでなりません。

だからよく
お店なんかでお母さんに
“ほら〇〇ちゃん、
もういちばん最後になっちゃうよ”
とか言われている子どもをみると
なんだかかわいそうになってしまう。
いろんな人がいて、
ひとりではないのだから、
いちばんめの人がいて、そして
最後の人がいるのはふつうのことなのになあと
思ってしまいます。
最後とか、遅くなるのって
だめなのかあ、この子たちはずっと
最後にならないようにと言われて
一生生きるのかなあと思ってしまいます。



いろんなことに
時間がかかるのって、
たぶん決めるのに時間がかかっているのだと
思うのだけれど、
最近そのことではっと気づいたことがあって。

それはすごく、
まるでばかみたいに
単純なことなのだけれど。

いろんなことが決められないとき、
それは今思えば決断の結果としての負を
引き受けるのが怖かったのだと思うのだけれど、
いつのまにか
まわりの人にどうすればよいかを
聞くようになっていた。
でもなかなかその人が言うように
うまくできない自分がいて、
そんな自分を責めていました。

今思えば当然だと思う。中に入っている
たましいがちがうのだから。

でもあるときふと、
人は自分のやりたいようにしかできないのだから
人に聞いてもむだなのだ
ということに気づきました。
最後の最後に決めるのはやっぱり自分なのだから
それでいいのだというか。
このことに気づいたときはほんとうに
はっとしました。
言葉にしてしまうとなんだか
当たり前のことみたいになってしまうのだけれど。



それ以来、
人の意見はただ人の意見として
聞けるようになったというか、
必要以上にひとに意見を求めなくなりました。
だってどうせちがうのだから。

そしてこころというか
体を静かにしてみれば、
どうすればいいかは
みんなわかっているような気がします。

そして思うのは、
むだがなかったり
効率的な選択って、
ほんとうは効率的ではないのだなあということ。

その人がする、その人にしかできない、
そうすることしかできない、
なにかぐねぐねした思考や行動のあとって
たとえ一見むだみたいに見えても
なんだかとてもとうといような気がします。
それが、
その人が生きている
ということだと思う。



月の表面にはいろいろな部分があって、
“静かの海”と呼ばれるところがあると
きいたことがあるけれど、
人にはそれぞれ
“どうしようもない海”
みたいなものがあるようにも思う。

そしてその人が
そのどうしようもなさを生きるとき、
なにか人生がもういちど
きらきらと輝くような気がしている。








日々 - -
つかむ
Mori Yoshida


気がついたら4月になっていました。

ここに書いてあるものも
1月に書いたきりだなあ、
新しいものを書きたいなあと思いつつも
こんなに時間が経っていました。

あれは神話だったかおとぎばなしだったか、
なにかのお話で、
くじらのおなかの中にのまれたまま
海を旅をするヨナという少年のおはなしが
あったけど、
まさにそういう感じです。

今年の冬はずいぶん寒かったせいか
(今もまだ冬の気配が残っているような気もする)、
この冬ぜんたいが、
ひとつのながい夜のようにも感じました。
ずっと夜の映画館で
ながい映画をみていたような、
そんな感じのする冬でした。

最近は、というか
たぶん地震があってからだと思うけど、
一日が過ぎていくのが惜しいという気が
すごくします。

たとえけっこうつらい状況にあっても、
早く終わればいいなあと思いつつも
最後の3パーセントくらいは、
ああ、どんどんどんどん過ぎ去ってしまうんだな、
なんて惜しいんだろうと
思ってしまいます。
心のなかにふたつの流れがある。

よく、何かがはじまったり
おわったりするときに、
あと何日っていうカウントをしたりするけど、
私はなんとなくそれが好きではなくて、
楽しいこともいやなことも
そうやって日にちを数えたことが
あんまりない。
なんだかもったいないような気がして。

流れつく先ではなく
ながれていく日々のなかにこそ
すばらしいたからが隠されているのだと思う。



話は変わるけど
本当に調子が悪いとき、
私の場合、いろんなことが
選べなくなってくる。

本当に調子が悪かったときは、
服を買おうとしたとき
ほとんど選べなかった。
そのときは
1、2時間もかかって、汗だくになって、
やっと白い無地のTシャツを
一枚だけ買うことができた。

ちょうど去年の年末も
気づいたら
そんなふうに、
少しづつすこしづつ
自分で選ぶことがむずかしくなってきていました。

そういうのって毎日少しずつ
影が濃くなるような感じなので、
自分でもなかなか気づきにくかったりする。

それがいちばんわかるのは
出かけるときに
今日着る服を選ぶときで、
何度もちがう服に着替えたりします。
そして何本か電車を見送らねば
ならなくなっていき、
人との待ち合わせにも
少しずつ遅れていくようになってくる。


でも年末のその日は、
どうしてもおくれたくなかった。
その前にも、
もう何回かつづけて遅れていて、
相手の人も
許してくれてはいたのだけれど、
結局は自分がそうしてへんなふうに迷っているせいだと
わかっていたので、
もう遅れたくはなかった。

なのでその日も
やっぱりぎりぎりになりそうだったので、
そのへんにある服を
がーっと頭からかぶって、
上着もがっと着て
電車の時間に間に合うように
飛び出しました。

駅までの道も、
間に合わないので
思いきり走りました。

だいたい遅れそうになるときには
次の電車に乗れればいいや、
相手の人にはメールを出して、
と思うのだけど、
その時はなにがなんでも
間に合わせたかったので
思い切り走りました。


思い切り走るのなんて
久しぶりで、
とても苦しかった。
でもなんだかそうやって
着るものも最高に適当なまま、
ばかみたいに本気になって走っていたら
妙におかしくて笑い出したいような
気持ちになりました。
そして突然、自由な気持ちになった。


そして、
ああ自分を前に進めてやれるのは
自分だけなんだ、
だれもこうして私が急いでいるときに
私の足や手を動かしてくれる人はいないんだな、
それは自分しかいないんだ、
ということが
体全体でわかった気がします。



もちろん今も
疲れてくると
いつもの迷いの海にいきそうに
なることはあるけれど、
年末のあのときにみた
なにかの先端の風景と、
その時に感じた
ほがらかならっぱの音みたいな感じは
今でも私の心のなかにしっかりと残っていて、
ちょっと迷いそうになるときに
そうだ、それでいいんだ、
てきとうで、ぐしゃぐしゃで、でも本気で、
と思わせてくれます。














日々 - -
くっきりとあかく、もしくはあおく
Mori Yoshida

あらゆる国境というのは
人間が決めたものだから、
ほんとうは地面に線なんか引いてない。

それと同じように、
あらゆる日付というものも
きめられたものであるから、
ほんとうはページみたいに
一枚いちまいめくれるものではなくて、
ひとつづきの布のようなものなのだと思う。
つぎ目なんてない。
ここであたらしくなる、なんてポイントも、
ほんとうはない。

世界はいつだって、ひとつづきの布。
とぎれることなく、続いてきた流れ。



それでも、
もしかしたら
あす、生まれかわることが
できるかもしれない。
もういちど
生まれることが
できるかもしれない。

そういう、
祈りのような思いが、
元旦やクリスマスを
生み出したのだと思う。

そういうことを
一生懸命考え出した人間って、
なんだかかわいくて、いとしい。


日々は、
ずっとつづく白い布のようなものだから、
なにか
うつくしい色をつけられたらいいなと思う。
あいまいで、
楽しいのか、かなしいのか
生きているのか死んでいるのか
わからないような色ではなく、
もっとはっきりとした色をつけていきたい。


それが、
これまで世界を
よきものにしようとした人たちと、
いま私が生きている世界への、
愛情にもなるような気がしている。







日々 - -
遠い夜の記憶
Mori Yoshida

きょうはほんとうに寒かった。
ほんとうに寒いと、
なんだかもう寒いという感じではなく、
なにかきらきらした
雲母のかけらみたいなものが、
きらりきらりと
頬にさわってくるような気がします。
少し痛いような、
薄い氷を素手でつかんだときのような、
きりきりとした感じがします。
寒い寒いと言いつつも、
こういう感じ、
けしてきらいではないです。


自分はずっと
夏が好きだとばかり思っていたら、
最近、
こんなふうに
寒くなってくると、
心のなかに、青い炎のようなものが
燃えてくることに気づきました。

そういうときって、
心にいろんなことが
思い浮かぶのだけれど、
どんどん透明になっていって
よけいなものが
そぎ落とされていく気がします。
何かがはげしく透明に、
燃えているような感じというか。




もう十年以上前になるのだけれど、
展覧会をしたときに、
小冊子のようなものに
小さいころの夜の記憶を
書いたことがありました。



小さいころ、
なぜか夜がこわいときと、
とても好きなときがありました。
なにかこわいものや、
目に見えないものが見えたわけではなく、
ただ夜の暗闇が
こわかったり、
好きだったのだと思う。

この、夜がこわいときと
好きなときは、
たいてい交互にやってきました。

夜が好きなときには、
夜、ふとんに入っても眠らずに
目を開けていて、
天井の隅の暗闇を
じっと見つめていました。
そうすると、
天井はだんだん
しずくが落ちてくるように
やわらかくなってきて、
その波打つような表面を
ずっと飽きずに
見つめていた気がします。

そういうときは、
夜の暗さも気にならなかった。
むしろ、
暗いことがやさしいように感じて、
このままずうっと
夜が続けばいいのにと思いながら、
群青色の闇を見つめていました。


夜がこわいときには、
ふとんの中に顔をぐっとうずめて、
ぎゅっと目を閉じて、
夜が明けるのを
祈るような気持ちで
待っていました。
そういうときは、天井の隅も、
なにかおそろしいものが見えてしまいそうで、
じっと見つめることはできなかった。

たいていはそうやっているうちに、
眠り込んでしまったのだと
思うのだけれど、
たまに、
気がつくと外が明るくなっている
こともありました。
そんなときは、
ほんとうに
朝が来てくれたことが
うれしかった。

そのときも書いたのだけれど、
この、夜に対する気持ちは、
私が絵を描くときの気持ちと
どこか似ている気がします。


心のなかでおそれつつも、
どこかつよくひかれている。




こうして文章を書いていると、
とても落ち着いていて
一貫しているようにみえるけど、
全然そうではなくて、
いつも、迷ったり
なんども行きつ戻りつしながら
書いています。

そして思うのは、
ほんとうは
こころの流れというのは、
たったひとつでもないし、
いつも同じ方向でも
ないのだな
ということ。

よくみると、
それはちょうど
星を撒いたかのように、
すべてがそこにあります。

おそれる気持ちも、
ひかれる気持ちも、
おんなじように、存在している。

そしてたぶん、
どれがよくて、どれがわるい
ということも
ないのだと思う。


だから、
自分の気持ちを思うとき、
星をみるみたいに
見れたらいいなと思う。

ただ、すべてがそこにある。



そうしたら、
私のこころは
ひゅんと冷たい風の吹く星空みたいに、
もっと自由になれる、
そんな気がしました。










日々 - -
小さな庭
Mori Yoshida

もう12月ですね。
はやい。
12月ってなんだか夜明け前みたいで、
意味もなくどきどきしてしまいます。
このへんの感じ方は、
小さい頃から変わりませんね。
いつもずっと夜がこわくて、
でもどこかつよく惹かれるものも感じていて、
夜が更けたり明けていくようすを、
ふとんにくるまって
じっと見つめていた気がします。

ここに載せるものも
もっとひんぱんに、
ざざっと描く絵みたいに、
多少荒くても気にせずに書いていけたら
いいなと思っているのですが、
なんだか間遠になってしまいました。

でも今年は、あんなたいへんなことが
あったのだから、
いろんなことに時間がかかっても
しょうがないのかなと思っています。
たとえ立ち止まるようなことがあったとしても、
おおきな異変に対して、
なにか心や体が
反応しているということなのだから、
長い目で見たら
健康であるということなのだと思う。

生きてるって、
いつも同じ太さで
まっすぐな線というのではなくて、
しなやかで
ときどき弱くなったり細くなったりしながら
つながっていくもののような気がします。
たぶん生きてるって、
そういうこと。

だから、今回のいろんなことで
ちょっと心配しているのは、
みんなちゃんと傷つく時間が持てたかな
ということ。

なんだかすぐに、
がんばろう! となってしまって、
だいじな心の流れを
はしょってしまっているような
気もしていました。

植物が、
成長の過程を飛ばしたりできないように、
人の心が回復するのも
ある程度の時間がどうしても必要で、
それも、
本人が気づかないくらいゆっくりと、
ひとつひとつ
なにかをとり戻していくものなのだと思います。
だから、
傷ついて、動けないでいる時間さえも、
ほんとうは大切な過程のひとつなのだと思う。


たしか
河合隼雄さんだったと思うけど、
子どもの心が育つのは、
なにもしないでいるときであると
どこかに書かれていたのを
おぼえています。

そしてそんなときに、
ちょっとわかっている大人が
そばにいてあげることが
大切なのだということも。


自分がすごく調子が悪いときって、
本当にありがたくて
申し訳ないなと思いつつも、
まわりの人の、
元気になってほしい、
よくなってほしいという熱意が
自分のそう思う分量より大きすぎると、
ほんとうに苦しくなってしまうことがあります。
夢のなかで、ゆっくりとしか走れないときみたいに、
あれ?どうして自分は思うように動けないのだろう、と
あせるような、
情けないような気持ちになります。


そんなことを
ぼんやりと考えていたら、
先日みた夢のことを思い出しました。

夢のなかで、
私はふたつの白い正方形の箱を前に
悩んでいるようでした。
ひとつの箱には、
なにかごちゃごちゃしたものが
いっぱい入っていて、
もうひとつの箱にはほとんど何も
入っていなくて、
私はそのうちのどちらかを
選ぼうとしていました。

私が悩んでいると、
知人がやって来て、
こっち(たくさんものが入っているほう)は
いろいろ入っていてよく見えないけど、
ちゃんと見るように、ということを
アドバイスしてくれました。

そのとき、その人は、
最終的にどちらを選ぶかまでは
教えてはくれませんでしたが、
あとで起きてから思い出したときに、
からっぽの箱のほうを選んだほうがいいような、
そんな気がしました。



だれかのためを思うとき、
たいていは、その人になにかを
してあげたくなってしまう。
でも、うまく動けなくなったときや
少し疲れたとき、
本当に必要なのは、
その人の心を
自由にしてあげることなのだと思う。

たとえば、
夢のなかのからっぽの箱みたいな、
あるいは、ヨーロッパの町の中心にある
広場みたいに、
おじいさんがひなたぼっこをしたり、
子どもや犬が自由に走り回ることができるような、
ひろびろとした、
なにものでもない空間を、
その人の心の中や
一日の時間のなかで
少しでもつくってあげられたらいいと思う。



そして自分の中にも、
そういう、小さくて豊かな庭のようなものを、
少しずつつくっていけたらいいなと
そんなふうに
思いました。
















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